甘い噂の
         〜789女子高生シリーズ
 


      



蓋を開ければ、
最も狙われていたらしき当事者や
その周辺の皆様には肩透かしもいいところ。
されど、直接巻き込まれた格好になり、
根幹の事情なぞ一切知らされぬままに利用されてしまった、
微妙な格好でしっかと当事者だった心優しき乙女たちにとっては、
そのまま息が詰まりそうな緊張や切迫に苦しかっただろう、
とんでもなく無礼で非礼な一件だったようで。
全体の事情を説明するのに証言が必要でと、
最後の我慢だよと励ましての来ていただいた、
そんなお嬢様らが、三華様たちとは別口においでだったのだが、

 「彼女らは婦警さんが送って行きましたよ。」
 「そうですか。」
 「すみませんでした、佐伯さん。」

もしかして荒ごとになりはせぬかとの用心から、
それぞれにニットのチェニックやチノパン、
ミニスカートとパギンスなんていう
そりゃあ軽快な恰好へと着替えておいでだった三人娘が、
そんな勇ましいいで立ちとは裏腹、
お膝を揃えて座ったまま、神妙に頭を下げたのが、
ここ、警視庁の捜査課のフロア。
いつもの如く、
元はお侍の三華様がたが直々に参上し、
神妙にお縄をちょうだいなさいと観念させての畳んだ二人の方は、
一応の“罪名”としては、
会員制アスレチッククラブヘの不法侵入と、
本来の持ち主からチョコを奪った準窃盗で警察に逮捕されており。

 「結果、彼らの思惑という点からは未遂に終わったことですし、
  本来は 私らの知ったことじゃあありませんが。」

まずはネットに、
そういうとんでもなく破廉恥なことを仕掛けた恥知らずがいるって全貌、
判る人には判るような書き込みをしときましたし。
情報とやらを掴んで来いと依頼した関係筋も、
彼女の携帯の履歴から案外とあっさり正体が掴めていますから、
そっちへのお仕置きも、
これは三木さんチのブレインの方々と考え中ですと。
知ったことじゃあないと言いつつ、
結構な報復をつらつらと語り、
無邪気で愛くるしい童顔を、
にぃという ややおっかない笑いようにてほころばせ、
何より両目開眼という、
彼女を知る人には最強の怖さを発揮中のひなげしさんだったりし。

 「確かにね。
  一子さんのお友達には、
  胸がつぶれそうな数日だったんでしょうから。」

もっと広く晒し者にしてやっても
きっと気が治まらないだろう非道ですものねと。
こちらも珍しいほど感情もあらわに、
我がことのように歯咬みをしたのが、白百合さんであったのは。
自分たち以外の、もっとずっとか弱い令嬢が
利用されての巻き込まれていた事態だったと判明したからで。

  例えば、
  三木コンツェルンのうら若き後継者が、
  どんな殿御とお付き合いがあるのか。

もう子供なんかじゃあない、
むしろ丁度いいお年頃という微妙な時期でもあるだけに。
たとえ大々的に報じるようなことではないにせよ、
それって、社交界や政財界関係者には、
速めに入手しておいて損はない情報に属すのであるらしく。

 「ましてや、久蔵殿は、
  結構 世間様にも名前やお顔が露出してますからね。」

経済関係誌へのホテルJ関係の取材では、
親御と一緒に撮った写真を掲載されもするし、
海外からお越しの芸能人や財界のビッグネームから、
エキセントリックな彼女には是非ともまたお逢いしたいと、
少なくはないラブコールをされてもいる。
所属しているバレエ団でも実力が認められていて、
海外で開催されるものを含む、数多ある正式な公演へも、
お稽古ごとの発表会以上のしっかとした扱いで、
役名のあるポジションを当然のように割り振られつつある。
そんなこんなで、単に三木コンツェルンの跡取りというのみならず、
実力込みの知名度は思いの外 高く、
しかもパッと見、瑞々しい美人なところも相俟って、
広告塔としてもなかなかの注目株。
そちらの“世界”では既に、婚約であれ事業継承であれ、
おいしい話題や世間からの注目を集める素材として有望な存在だと、
一時的なブームじゃあなくという質にて、その名が広まりつつあったんだそうで。

 「そんな彼女が、
  聖バレンタインデーに一体誰へチョコレートを贈ったかを
  いち早く知りたかったから、だったとはね。」

それも手づからともなれば、ほぼ“本命”に間違いないから。
わざわざデパートで選んだらしいチョコの包みへ、
追跡用に仕掛けを施し、
彼女らの限界ぎりぎりで密着監視を続けたらしい…というのが、
昨日ぎりぎりで判ったんで。

 「良親様、じゃない…丹羽さんに
  問題の包みをあのアスレチッククラブまで運んでもらって、
  逆におびき出したって訳ですよ。」

 「これぞ“逆チョコ大作戦”ってな。」

ここでやっと、いつもの目許になって にっこし微笑った平八だったが。
それへの“おいおい”という、
刑事さんたちからのツッコミが入るより先に、

 「………それでか。」

少々思うところがあるらしく、
感慨深げにぽつりと呟いたのが、
こたびの騒ぎの陰の当事者、久蔵殿ご本人。
ちょっぴり萎れた様子だったのが意外で、
如何しましたかと七郎次から促され、
言葉を選び選びの少しずつ紡いだお言いようによれば。

 「やたらと携帯電話をかざされることが増えたので。」

てっきり、

  新機種発表、
  CMに出ませんかという勧誘かと

そんな風に思っていたらしいとあって。

 「〜〜〜〜〜〜。」
 「まあ、こやつらしいといや らしいかな。」

何ですかそりゃあと、佐伯刑事が絶句し、
島田警部補が顎髭を感慨深げに撫でながら、
さもありなんというお声を発したのでありましたが。


  全貌全容解明には、お話が もちょっと溯ります。





       ◇◇◇



期末考査初日の早朝、
いつの間にやら、よく判らない仕掛けをされたようだと
久蔵が持って来ていたチョコレートの包み。
こういう分析には信頼のおける平八に依頼し、
スキャン調査の結果、事なきを得たそんな場へ。
偶然とは思えぬお顔として来合わせたのが、
久蔵とは幼稚舎時代からの顔見知り、
空木一子という、至極 大人しいお嬢様であり。

 『…あのあの、実は。』

そんな一子様が一緒に連れて来ていたお友達というのが、
久蔵が持ち帰っていた、
覚えのないおまけつきの包みの
本来の持ち主だったというのだけれど。
けれどでも、その彼女にも、
そんなややこしい代物を…
それも選りにも選って紅ばら様の荷と知っていて、
紛れ込ませた覚えはないという。

 『彼女は、ただ、
  お友達へと買ったチョコへ
  メッセージカードを添えるようにって
  アドバイスをされただけなの。』

ちょっとした感情の行き違いから、
ケンカ別れしちゃった、隣りのクラスのお友達。
初等科時代からの仲良しさんで、
たとえクラスが離れても関係なくの親友で。
毎年のように友チョコを交換してもいた相手だけれど、
今年はさすがに無理かしらと、
ささいな喧嘩だったの後悔しがてら。
本当は校則で禁じられてる寄り道、
それも制服にコート姿のまんまで、
いつも立ち寄っていた○○デパートのフェアを覗いてみたところ、
相手のお嬢さんが来ていて、
やはり一人でチョコを選んでいるのが遠目に見えた。
あっと一瞬嬉しい気持ちが沸き立ったけれど、
でもでも、それって他の人へのものかも知れぬ。
何より、どんな顔をして仲直りが出来るの?
ややもすると溜息をつきつつ、
気がつけば無難なチョコを選んでの買っていたお嬢さん。
微妙に立ち去りがたく、あ〜あと溜息ばかりついておれば、

 『浮かないお顔してどうしたの?』

唐突に、見覚えのないお姉さんから声をかけられたそうで。
場所が場所だったのと、それは人懐っこい様子から、
デパートの案内係の方かしらとも思ったが、
制服姿どころか、
高級そうな一点ものらしきブランドスーツをさらりと着こなしておいでの、
なかなかに華やかな美貌の女性であり。
ああもしかして、
チョコレート店から派遣されている販売員の人かしら…なぞと思っておれば、

 『そのコートって、◇◇女学園のじゃあない?
  英文法のシスター・キャサリンはお元気かしら。』

そんな風に口にしたため、
何と実はOGの御方らしいと驚かされたのは言うまでもなく。
懐かしいなぁ、あ、もしかして急いでおいで?
何だか元気がなさそうだったんで気になったのだけれどと、
案じるように眉を下げ、そりゃあ気さくに話しかけてくださって。
しかも、何だかいい匂いのする人なので、
ついつい促されるまま、次の階にあったイートインに場を移し、
ココアなぞ頂きつつのお話を少し。
今となっては何故だろうと思うばかりのこと、
初対面の人へどうしてそんな話をしたものか。
お友達と喧嘩をしたこと、
でもでも、チョコを渡して仲直りしたいこと。
思ってたことをすっかりと話してしまっており。
それをうんうんと親身になっての穏やかに聞いてくれていたその人は、

 『そうね、自分からというのがネックよね。』

判るなぁとしみじみ言って下さった。
謝るくらいは構わないけれど、相手が容れてくれなかったら?
それを思うと、恥ずかしいし口惜しいしって、気後れがするわよね、と。
胸の中に引っ掛かっていたこと、さらりと言葉にしてくれて。

 『でも、チョコを買うところは見たんだ。』

だったら、そうね。こうしない?
そうと言って彼女が自分のもっていたハンドバッグから取り出したのは、
薔薇のイラストが隅に描かれた、2つ折の名刺くらいのカードが一枚。
ここへと、きれいなエナメルに覆われた爪で空欄を差して見せ、

 『これはおまじないのかけられたチョコです、
  誰かが素直な気持ちから用意したおまじない。
  甘いか苦いかは、食べた人の心持ち次第ですよって。』

にっこりと笑いつつ、
遠回しに仲直りしましょうと言ってるような、
気の利いたフレーズを教えてくれて。
それを彼女にも見慣れたあなたの字で書きなさいねと、
じっと見守っていてくれたという。
出来上がったカードをチョコの包装紙の隙間に入れて。
それから…もうちょっとだけ他愛ないお話をしてから、
じゃあねと彼女が先に立っていったのだけれども。

 「今にして思うと、
  すぐ傍らにおいていた紙袋、
  ちょっと取り間違えての持ち直したというよな仕草をしたんですよね。」

そちらもバレンタイデー仕様だったか、同じような色合いの小さめの紙袋。
取り間違えてもしょうがないし、
いっけないと あらためて自分のを持ってったので、
何とも不審に思わなかったが、

 「家へ帰ってから包みを見たら、
  包装紙の端に挟んだはずのカードがないんです。」

チョコのブランドも銘柄も同じだったけれど、
そういえば、紙袋の持ち手の感触がちょっぴり違ってたようで。
もしかしてと急に何やら不安になった。
思えば相手のお名前も聞いてはいないまま、
結構プライベートなことまで問われるままに話した気がするし、
疚しいことや怪しいことを書いてはないが、
それでも間違いなく自分の筆跡の珍妙なカード。
それこそ、どこかで悪戯に使われたらどうしようかなどと、
むずむずと落ち着けないままでいたのだが、

 「相手のことを思い出そうとして、
  何とか頑張ってみたら、とんでもないことを思い出してしまって。」

そうだ、あの時。
同じ喫茶スペースに、三華様がいらっしゃらなかったか?
どうしてだかぼんやりしていたのは、
かなり強かった暖房のせいかしら。
日頃からも憧れの対象にしている皆様が、
そうまで至近にいて気づけないなんておかしいと。
尚のこと不安が増したまま迎えた週の頭。
いよいよの聖バレンタインデーも明日にと迫っていて、
試験よりも、お友達との仲たがいよりも、
そんなこんなな不安を抱えてしまい、どうにも胸がいっぱいだった…と。
そこまでを頑張って語ってくださったお嬢さんへ、

 「ということは、
  そのお友達との喧嘩ってのは
  やっぱり さほど深刻なことじゃあなかったってことですよね。」
 「え? …あ。」

くすすと悪戯っぽく微笑った白百合様。
試験と同じくらいには重要事だったけれど、
妙な女の人に化かされたみたいで気持ち悪いなぁってことの方が、
今や心の一番手前で閊えてて、いっぱいいっぱいなんですものね、と。
甘やかなお声で紐解いてくださったのが、
余程のこと、彼女の竦み上がっていた気持ちを宥めてくれたのだろう。
勿論、紅ばら様もひなげし様も、
同情しこそすれ、どうしてあなたを責めますかと、
優しく笑みを向けてくださったり、
紅ばら様に至っては、
わざわざ歩み寄っての、髪を撫でてもくださったので。

 「〜〜〜〜。」

ついには感極まったのか、
とうとうしゃくり上げるようにして泣き出してしまわれた、
そのっくらいに繊細な心を苦しめられてた、善良なお嬢様だったワケであり。
そんな彼女を励ますように、

 「もう何にも案じることはありませんよ?」
 「ええ。私たちへ任せておいて。」
 「………。(頷、頷)」

それがどこから来るものか、
それはそれは自信に満ちた、確固たる頼もしさで太鼓判を押して下さり。
なので、あなたたちは教室へお帰りなさいと、下級生二人を見送って。

 「アタシたちも戻らないとね。」
 「あ、そうだった。」
 「古文〜〜〜。」

初日の最初がそれってどうよと、
やっぱり悪態をついた彼女らだったものの。
セーラー服の少し重たげなひだスカートを躍らせつつ、
階段を駆け降りるその様子の中、
お顔やお声からは、判る人には判りやすいまでの、
さて どう料理してやろうかいという舌なめずりにも似た、
とある“下心”が感じ取れたに違いなく。


  兵庫せんせえ、
  一応のクギを刺しといても無駄だったかも知れません。
(う〜ん)





NEXT


  *ややこしい案件ですいません。
   今回はあんまり荒ごとにはしたくなかったのですが、
   こんな瑣末な仕立てでも、理詰めってホント難しい……。

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